2017 07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. »  2017 09

6年半前に亡くなった人へお悔やみ

kage

2017/08/31 (Thu)

「6年半前に亡くなった人へお悔やみ」

 何気なく伊藤さん(ゲイ雑誌『薔薇族』の元編集長)のブログを見ていたら、「その(敏腕だった)藤田くんももうこの世には居ない」などと書いてあるので、「へっ?!」ってなった。

 藤田竜氏(本名・本間さん)は、筆者(fanta=南島健太郎)の、『薔薇族』に執筆していた当時、間接的上司の位置づけにあった人だ。元祖『薔薇族』時代、藤田竜氏が実質勇退させられるまでの1995年-2003年頃までのことです。

 「なんだ、亡くなっていたのか・・」と思い、伊藤さんのブログを検索してもハッキリ分からない。ネット上で「藤田竜 亡」と検索したら、現・季刊ミニコミ誌の『薔薇族』編集長、竜超氏の、「2011-01-12 巨竜、去る」というページが出てきて、取り合えず、この記事が一番、藤田竜氏が亡くなったことについて分かる。

 どうも、2011-01-11日頃なんだろうと思われる。なんで亡くなったのか、病院なのか伊豆の自宅なのか、よく分からない。とにかく亡くなったことは確かなので、心からお悔やみを申し上げます。

 と言うか、もう6年半も前のことじゃないですか。筆者(南島)が情報に疎かったというのもありますけど、そもそも「死亡告知」を広める筋合いなんて無いんだ。藤田竜氏は元祖『薔薇族』が休刊になる数年前に『薔薇族』を辞めているんだから。

 70年代、80年代と『薔薇族』最盛期にゲイ文化を引っ張っていったのは、まぎれもなく藤田竜氏だったし、そこら辺のことは、伊藤さんのブログや竜超氏の記事で充分分かるだろうと思う。活躍と同時に神経質で怖い人でもあった。

 90年代後期、本格的に筆者(南島)が記事を書き始めた当時は、藤田氏、だいぶ丸くなられたのか、いじめられたなんてことは一切無かったね。一度、怒鳴られたことがあったが、それは筆者のミスで納得済みです。
 月一度の校正の時だけの接触でしたが、どちらかと言うと、”可愛がられた”という気分だ。時におりアドバイスをもらったし、そのアドバイスがズレていた時は、キチンと説明して納得してもらっていた。昔の殺人事件の調査、共同執筆もしてる。

 藤田氏が『薔薇族』を辞めて、伊豆に引っ込んじゃってからは、「ドライブがてら伊豆へ行って本間さん(藤田氏)に会ってこようかなあ」などと、呑気に近年まで思ってましたよ。

 とっくの昔にお亡くなりになってたんですね。東日本大震災も原発大事故も知らずに亡くなった訳だ。
 アメリカがイラク侵攻した当時、「北朝鮮をやればいいのよ」と言っていたのが印象深い。それ正解でしたよね。そうしていれば、今頃、ISも無ければ、北朝鮮のミサイルも無いよね。